会社を設立して経営者になったばかりの方や、これから起業を考えている方にとって、最初に直面する悩みのひとつが「自分の給料をどうやって決めるか」ではないでしょうか。
社長や取締役など、会社の経営を担うメンバーが受け取る報酬のことを「役員報酬」と呼びます。結論からお伝えすると、役員報酬は一般的な従業員が受け取る「給与」とは、法律上の扱いも税金のルールもまったく異なるものです。
「会社の利益が出たから、今月から自分の報酬を増やそう」といったように、従業員の給料と同じ感覚で安易に金額を変更してしまうと、後から多額の税金を課せられるといった思わぬペナルティを受けることになりかねません。
この記事では、役員報酬の基本的な定義から、給与との5つの決定的な違い、税務上の厳格なルール、そして損をしないための適切な金額の決め方まで、経営者が知っておくべき必須知識を分かりやすく解説します。
役員報酬とは?定義と基本的な考え方
役員報酬について正しく理解するためには、まず「役員とは誰のことなのか」「どのような性質のお金なのか」という基本を押さえておく必要があります。ここでは、会社法と税法の両面から役員報酬の定義を紐解いていきましょう。
会社法における役員報酬の定義
役員報酬とは、株式会社の取締役、会計参与、監査役、執行役といった「役員」に対して、その職務執行の対価として会社から支払われる報酬のことです。
一般的な従業員は、会社と「雇用契約」を結び、労働時間や業務内容に対する対価として給与を受け取ります。一方で、役員は会社と「委任契約」を結んでいる状態です。会社から経営という重要なミッションを任され(委任され)、その責任と成果に対する対価として報酬を受け取るという性質を持っています。
そのため、労働者を保護するための法律である「労働基準法」は、原則として役員には適用されません。残業代や休日出勤手当といった概念が存在しないのも、委任契約に基づいて経営の成果にコミットする立場だからだと言えます。
税務上の「みなし役員」には要注意
会社法上の役員として登記されていなくても、税務上は実質的に役員と同じ扱いを受ける「みなし役員」という制度があることには注意が必要です。
例えば、登記簿上は単なる「部長」や「相談役」という肩書きであっても、実質的に会社の経営方針の決定に深く関与している場合や、同族会社において一定割合以上の株式を保有している従業員などは、税務調査において「みなし役員」と判定される可能性があります。
もし、みなし役員と判定された場合、その人に支払われていた給与や賞与は「役員報酬」として扱われることになります。後述する役員報酬特有の厳しい税務ルールが適用されるため、経費として認められず、結果的に会社の法人税負担が増加するリスクがあるのです。親族を経営に参画させる際などは、特に慎重な判断が求められます。
役員報酬と従業員給与の決定的な5つの違い
役員報酬と従業員給与は、毎月決まった日に口座に振り込まれるという見た目は同じでも、その裏側にあるルールは大きく異なります。ここでは、経営者が絶対に知っておくべき5つの決定的な違いを比較・解説します。
【比較表】役員報酬と給与の違いまとめ
まずは、全体像を把握しやすいように、両者の主な違いを表にまとめました。
| 比較項目 | 役員報酬 | 従業員給与 |
|---|---|---|
| 契約形態 | 委任契約(労働基準法適用外) | 雇用契約(労働基準法適用) |
| 金額の決定機関 | 株主総会(または定款) | 経営者や人事部(雇用契約に基づく) |
| 損金算入(経費化) | 厳しい要件を満たした場合のみ可能 | 原則として全額可能 |
| 労働保険(雇用・労災) | 原則として加入できない | 加入義務がある |
| 金額の変更タイミング | 原則、事業年度開始から3ヶ月以内のみ | 随時可能(昇給・降給の規定に従う) |
違い1:契約形態と労働基準法の適用
先ほども少し触れましたが、最も根本的な違いは会社との契約形態にあります。
従業員は会社と雇用契約を結び、労働基準法によって強く保護されています。最低賃金が保証され、不当な解雇から守られ、法定労働時間を超えれば割増賃金(残業代)が支払われるのが当然の権利です。
対して役員は委任契約であり、経営という役割を果たすことが求められます。そのため労働基準法の保護対象から外れており、どんなに長時間働いても残業代は発生しませんし、業績が悪化すれば株主総会の決議によっていつでも解任されるリスクを負っています。経営者という立場は、自由であると同時に非常に厳しい自己責任の世界なのです。
違い2:金額の決定プロセスと機関
従業員の給与は、会社の給与規程や雇用契約に基づき、経営者や人事部門が決定します。個人の評価や会社の業績に応じて、比較的柔軟に決定・変更することが可能です。
一方、役員報酬の金額は「お手盛り(経営者が自分の都合の良いように高額な報酬を自由に設定すること)」を防ぐため、会社法により厳格な決定プロセスが定められています。原則として、定款に定めるか、株主総会の決議によって報酬の「総額(最高限度額)」を決定しなければなりません。
実務上は、株主総会で役員全員の報酬総額の上限を決め、その範囲内で誰にいくら配分するかという個別の決定については、取締役会(取締役会がない場合は代表取締役)に一任されるケースが一般的となっています。
違い3:損金算入(法人の経費)のルール
税務上の最大の違いが「損金算入(経費化)」の取り扱いです。
従業員に支払う給与や賞与は、会社の事業運営に必要な人件費として、原則として全額が「損金(法人税を計算する上で利益から差し引ける経費)」として認められます。
しかし役員報酬の場合、会社が支払った金額を自由に全額損金にできるわけではありません。もし自由に経費にできると、「今期は利益が出すぎたから、税金を減らすために社長の報酬をドンと増やして利益を圧縮しよう」といった、利益調整(意図的な節税)が簡単にできてしまうからです。
このような租税回避を防ぐため、税務署は役員報酬の損金算入に対して非常に厳しいルールを設けています。このルールを満たさない支払いについては経費として認められず、結果的に法人税が高くなってしまうため、十分な注意が必要です。
違い4:雇用保険や労災保険の加入条件
従業員を一人でも雇っている会社は、労働保険(雇用保険・労災保険)に加入する義務があります。これにより、従業員は失業した際に失業手当を受け取れたり、業務中のケガに対して補償を受けたりすることができます。
しかし、労働基準法が適用されない役員は「労働者」ではないため、原則として雇用保険や労災保険に加入することができません。万が一会社が倒産しても失業保険は出ませんし、仕事中にケガをしても労災は下りないのが基本ルールです。
ただし例外として、取締役営業部長のように、役員としての身分と従業員としての身分を兼ね備えている「使用人兼務役員」の場合、従業員としての給与部分については雇用保険の対象となるケースがあります。また、中小企業の事業主など一定の要件を満たす場合は、労災保険の「特別加入制度」を利用して補償を受けることも可能です。
違い5:報酬額を変更できるタイミング
従業員の給与は、会社の評価制度や業績に応じて、昇給や降給といった形で期中のどのタイミングでも変更することが可能です。
これに対し役員報酬は、利益操作を防ぐ目的から、原則として「事業年度開始の日(期首)から3ヶ月以内」のタイミングでしか変更することが認められていません。この期間を過ぎてから安易に報酬を増額・減額してしまうと、変更した差額部分が税務上、会社の経費(損金)として認められなくなってしまいます。
「来月から売上が倍になりそうだから報酬を上げよう」「今月は厳しいから自分の給料を半分にしよう」といった柔軟な対応ができない点が、経営者を悩ませるポイントの一つと言えるでしょう。
役員報酬を法人の経費(損金)にする3つの厳格なルール
先ほど「役員報酬を損金(経費)にするには厳しい要件がある」とお伝えしました。ここでは、法人税法で定められている3つのルールについて詳しく解説します。これら以外の方法で支払われた役員報酬は、原則として経費にできないため確実に押さえておきましょう。
原則となる「定期同額給与」
中小企業において、役員報酬を支払う際の最も基本となるルールがこの「定期同額給与」です。
定期同額給与とは、その名の通り「支給時期が1ヶ月以下の一定期間ごと(毎月)であり、かつ、事業年度内の支給額が毎回同額である給与」のことを指します。つまり、「毎月決まった日に、全く同じ金額を支払う」というシンプルなルールを守っていれば、その全額を会社の損金として算入できるという仕組みです。
このルールがあるため、役員報酬は期中にコロコロと金額を変えることができません。毎月定額を支給することで、意図的な利益操作を排除しようという税務署の狙いがあります。多くのオーナー企業では、この定期同額給与の仕組みを利用して毎月の役員報酬を受け取っています。
賞与として活用する「事前確定届出給与」
役員には、原則として従業員のような「ボーナス(賞与)」を支給して経費にすることはできません。業績に応じて支払う賞与は、まさに利益操作の温床になりやすいからです。しかし、どうしても役員にも賞与を出したい場合に活用できるのが「事前確定届出給与」です。
これは、「いつ」「誰に」「いくら」支払うのかを事前に決め、所轄の税務署長に対してあらかじめ届出書を提出しておく制度です。そして、提出した届出書と「1円の狂いもなく、指定した日付にピタリと同額」を支払った場合に限り、その賞与を損金に算入することが認められます。
もし、業績が悪化して「届け出た金額より少なく支給しよう」としたり、逆に「儲かったから多く払おう」としたりすると、要件から外れてしまい、支払った額の全額(または一部)が経費として認められなくなるという非常にシビアな制度となっています。
上場企業などで使われる「業績連動給与」
3つ目のルールが「業績連動給与」です。これは、会社の利益や株価などの客観的な業績指標に連動して支給額が変動する役員報酬のことです。業績が上がれば報酬も上がり、下がれば報酬も下がるため、役員のモチベーションアップや株主利益との一致を図る目的で導入されます。
ただし、この業績連動給与を損金算入するためには、「有価証券報告書に記載されるような客観的な指標に基づくこと」「報酬委員会の決定を経ていること」など、非常に高いハードルが設定されています。
そのため、この制度を導入できるのは実質的に同族会社ではない上場企業などの大企業に限られます。一般的な中小企業やスタートアップがこの制度を利用することはほとんどないと考えて良いでしょう。
失敗しない!役員報酬の適切な決め方と目安
一度決めたら原則1年間は変更できない役員報酬。高すぎても低すぎても経営に悪影響を及ぼすため、慎重なシミュレーションが必要です。ここでは、適切な金額を決定するための考え方と手順を解説します。
法人税と個人所得税・社会保険料のバランスを最適化する
役員報酬を決める上で最も重要な考え方は、「会社に残す利益」と「個人として受け取る報酬」のトータルでの税・社会保険料負担を最適化することです。
役員報酬を低く設定すれば、会社の利益が増えるため法人税の負担は重くなりますが、個人の所得税や住民税、社会保険料は安く済みます。逆に、役員報酬を高く設定すれば、経費が増えて法人税は安くなりますが、今度は個人にかかる所得税等が跳ね上がります。日本の所得税は累進課税制度を採用しているため、報酬が高くなるほど税率も急激に上がっていく点に注意が必要です。
また、見落としがちなのが「社会保険料」の存在です。社会保険料は会社と個人で労使折半となるため、報酬を高くすると個人の手取りが減るだけでなく、会社の負担する法定福利費も増加し、キャッシュフローを圧迫する原因になります。税理士などの専門家と相談しながら、会社と個人のトータルでお金が最も手元に残る「最適点」を探ることが重要です。
役員報酬の相場はどれくらい?企業規模別の傾向
「他の会社はどれくらいもらっているのだろう?」というのは誰もが気になるポイントです。参考として、国税庁が発表している統計調査などを基にした一般的な相場感を知っておくのも一つの手です。
企業規模(資本金)による役員給与の平均的な傾向は以下のようになっています。(※金額はあくまで統計的な目安であり、実際の業績や業種によって大きく異なります)
- 資本金2,000万円未満の中小企業: 年収500万円〜800万円程度
- 資本金2,000万円〜5,000万円: 年収800万円〜1,200万円程度
- 資本金1億円以上の中堅・大企業: 年収1,500万円以上
起業直後のスタートアップや一人社長の会社であれば、まずは生活に必要な最低限の金額(月額20万〜30万円程度)に設定し、会社のキャッシュを温存することを優先するケースが多く見られます。相場はあくまで参考とし、自社の事業計画とキャッシュフロー計画に無理のない範囲で設定することが鉄則です。
参考:民間給与実態統計調査(国税庁)
決定までの具体的なスケジュールと議事録の保存
役員報酬は、新しい事業年度がスタートしてから原則3ヶ月以内に決定しなければなりません。具体的な手続きの流れは以下のようになります。
- 決算の締めと業績予測: 前期の決算をまとめると同時に、今期の売上や経費、利益の精緻なシミュレーションを行います。
- 税理士とのシミュレーション: 法人税と個人の税・社会保険料のバランスを見極め、最適と思われる役員報酬額を算出します。
- 株主総会・取締役会の開催: 期首から3ヶ月以内に定時株主総会を開催し、役員報酬の総額を決定します。その後、取締役会(または代表取締役の決定)により個別の支給額を決定します。
- 議事録の作成と保管: 決定した内容を「株主総会議事録」および「取締役会議事録」として書面に残し、会社で厳重に保管します。
この議事録の作成は非常に重要です。税務調査が入った際、役員報酬が適正な手続きを経て決定されたことを証明する唯一の証拠となるため、必ず作成して印鑑を押しておきましょう。
役員報酬を変更(増額・減額)する際の注意点
定期同額給与のルールがあるため、期中の変更はご法度であるとお伝えしましたが、ビジネスには予期せぬトラブルや急激な成長がつきものです。ここでは、報酬額の変更に関するルールと例外について深掘りします。
期首から3ヶ月以内の改定が基本ルール
繰り返しになりますが、役員報酬をペナルティなしで増額・減額できるのは、原則として「事業年度開始の日から3ヶ月以内」に改定を行った場合のみです。例えば、4月1日が期首の会社であれば、6月末までに新しい報酬額を決定し、支給を開始する必要があります。
この期間内に行われた改定であれば、改定前と改定後で毎月の支給額が異なっていても、それぞれが「定期同額給与」として認められ、全額を会社の損金に算入することができます。
例外的に期中の変更が認められる2つのケース
期首から3ヶ月を過ぎてしまった場合でも、税務上、例外的に期中の報酬改定が認められるケースが2つ存在します。
1. 業績悪化改定事由による減額
会社の経営状況が著しく悪化し、取引銀行や株主などの第三者との関係上、客観的に役員報酬を減額せざるを得ないようなやむを得ない事情がある場合です。例えば、「主要な取引先が倒産して売上が激減した」「業績不振により銀行からの融資条件として役員報酬の削減を求められた」といったケースが該当します。
単に「目標としていた売上に届かなかった」「少し赤字になりそうだから税金を減らしたい」といった経営者側の都合による一時的な業績不振では認められません。客観的な証拠に基づく深刻な業績悪化であることが条件となります。なお、この事由で認められるのは「減額」のみであり、増額はできません。
2. 臨時改定事由による増減額
役員の職務内容に重大な変更があった場合に認められる例外です。例えば、「平取締役から代表取締役に就任し、責任が重くなったため増額する」「病気で長期入院することになり、業務が行えなくなったため減額する」「不祥事の責任をとって役員報酬をカットする」といったケースがこれに当たります。
このような、あらかじめ予測できなかった突発的かつ重大な地位や職務内容の変更があった場合には、期中であっても役員報酬の改定(増額・減額ともに)が認められ、損金に算入することが可能です。
ルールを破って変更した場合のペナルティと税務リスク
もし、上記の例外ルールに該当しないにもかかわらず、社長の独断で期中に役員報酬を変更してしまったらどうなるのでしょうか。
結論から言うと、「定期同額給与」の要件を満たさなくなったとみなされ、変更前の金額と変更後の金額の差額部分が「損金不算入(会社の経費として認められない)」という厳しいペナルティを受けます。
例えば、毎月50万円の報酬を、期中の10月から100万円に増額した場合。増額した50万円×6ヶ月=300万円は会社の経費にならず、その分会社の利益が増えたとみなされて法人税が余計にかかります。さらに恐ろしいのは、増額した300万円に対しては、社長個人にしっかりと所得税や住民税がかけられるという点です。つまり、同じお金に対して「法人税」と「所得税」が二重に課税されるという最悪の事態を招いてしまうのです。期中の安易な変更は絶対に避けるべきでしょう。
役員報酬を受け取る際にかかる税金と社会保険料の手続き
会社が役員報酬を支払う際には、従業員の給与と同じように、税金や社会保険料を計算して天引き(源泉徴収)し、国や自治体へ納付する義務があります。
所得税と住民税の源泉徴収・納付
役員報酬からは、毎月「所得税」を源泉徴収して税務署に納める必要があります。所得税の額は、国税庁が発行している「給与所得の源泉徴収税額表」を用いて、報酬額と扶養親族の数から算出します。
また、前年の所得に基づいて計算される「住民税」も、毎月の報酬から天引きして各市区町村へ納付する手続き(特別徴収)が必要です。これらの計算や納付手続きを怠ると、延滞税などのペナルティが課されるため、経理担当者や税理士と連携して正確な処理を行いましょう。
なお、役員であっても従業員と同様に、年末には1年間の所得と税額を精算する「年末調整」の対象となります。
社会保険料の計算と労使折半の負担
法人は社会保険(健康保険・厚生年金保険)の強制適用事業所となるため、役員であっても原則として社会保険に加入する義務があります。
社会保険料は毎月の役員報酬(標準報酬月額)をベースに計算されます。従業員の給与と同様に、保険料の半分を役員個人が負担(報酬から天引き)し、残り半分を会社が負担(法定福利費として経費計上)する「労使折半」のルールが適用されます。
役員報酬を高く設定すればするほど、会社と個人の両方に重い社会保険料の負担がのしかかってくるため、報酬額を決定する段階で社会保険料の影響をしっかりとシミュレーションしておくことが不可欠です。
まとめ:役員報酬と給与の違いを理解し、正しい経営判断を
役員報酬と従業員給与の決定的な違いや、税務上の厳格なルールについて解説してきました。
従業員の給与が労働の対価として柔軟に決められるのに対し、役員報酬は「委任契約に基づく経営の対価」であり、利益操作を防ぐために「定期同額給与」といった厳しい制約が設けられています。期中の安易な変更は、法人と個人の二重課税という手痛いペナルティを招く危険性があります。
役員報酬の金額設定は、会社のキャッシュフローと個人の手取り、そして税金・社会保険料のバランスを決定づける、経営者にとって最も重要な意思決定の一つです。本記事で解説したルールを正しく理解し、税理士などの専門家のアドバイスも活用しながら、自社にとって最適な役員報酬を設定して強固な財務体質を築き上げていきましょう。
